上限金利

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出資法と利息制限法

貸金業法に基づく上限金利は、出資法と利息制限法によって規定されています。現在の上限金利は借入金額が10万円〜100万円であれば18.0%に規定されており、それに違反する業者には厳しい罰則が科せられます。

利息制限法は昭和29年に制定された法律で、当時から上限金利は18.0%と決められていました。しかし同じ貸金業に関する法律である出資法では当時の上限金利が109.5%ととんでもない利率が制定されていました。

では、どちらの上限金利が正しいのかという判断になりますが、利息制限法では罰則の取り決めがなく、出資法では三年以下の懲役または300万円以下の罰金という罰則が決められていたことから、金融業者はこの罰則のある出資法の上限金利を活用して莫大な利益をあげていったのです。

出資法の上限金利の推移

昭和40年代にはサラリーマン金融が全盛となり、利用者の数も爆発的に増加していきました。当時の上限金利は前述したように、出資法で定められた109.5%で、流石にそこまでの高金利はとらないものの、かなりの数の高利貸しが跳梁跋扈していたのも事実です。しかも、当時の貸金業者は開業規定も緩くなっており、誰でも貸金業が開業できたことから、サラリーマン金融は空前の数にまで増えていったのです。

どの業者も今では考えられないほどの高金利での融資をしていたことから、当然支払えなくなる消費者も増えていきます。当時はまだ取り立て行為に対する厳格な規定もなかったことから、支払いが滞った顧客に対しては、金融会社の社員が過酷な取り立てを実行しており、自殺者が出てきたことから社会問題となっていったのです。

そういった社会問題によってサラリーマン金融という名称のイメージはどん底にまで悪化し、「利息が利息を生む」「借金が雪だるま式に増える」といった反サラ金のキャッチフレーズまで浸透していったのが、当時の社会情勢です。

そこで政府も国民の声に対して対策を講じざるを得なくなり、昭和58年になってようやく出資法の上限金利を109.5%から73.0%にまでの引き下げをします。かなり引き下げられたように見えますが、それでも73.0%という冗談にも思えるような上限金利が堂々と政治家によって認められていたのですから、驚きです。また、当時の貸金業者は上限金利の引き下げに際し、あらゆる手段を講じて猛烈な反対運動を繰り広げていたのも、歴史の示す事実です。

その後、昭和61年には73.0%から54.75%に引き下げられ、更に平成3年には54.75%から40.004%にまで引き下げられました。このくらいの金利になるとようやく常識の範疇と思えますが、それ以前の金利はまさに常識外といっても過言ではありません。40.00%の上限金利は約10年間適用され、平成12年には29.2%に引き下げられ、これも約10年間適用されることとなります。

平成12年に改正された上限金利の29.2%が約10年間適用された後、平成22年になってようやく現在の上限金利である18.0%となり、約50年間の歳月をかけて利息制限法と同一にまで引き下げられたことになります。

金融

違法業者

2010年に施行された貸金業法改正による強力な違法業者への罰則規定によって、貸金業法に違反する違法業者の数も激減しましたが、それ以前はいくら規制を強化しても一向に違法業者の数は減りませんでした。貸金業法を守らない違法業者とは別名闇金融と呼称しますが、闇金融の多くは法律で規制された上限金利を超える法外な金利で顧客にキャッシングをさせ、膨大な利益を貪っていました。

摘発されても罰則がそれほど厳しくないことから、名称を変えてすぐに開業する業者も少なくありません。なにしろ当時の金貸しはどの業者もボロ儲けをしていましたので、辞められない止まらない状態だったはずです。